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長崎地方裁判所 昭和45年(行ウ)4号 判決

原告 金順任

被告 大村入国者収容所長

訴訟代理人 上野国夫 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

(当事者間に争いない事実)

被告は、原告が昭和四五年五月二九日被告に対してなした金安猛の仮放免許可の請求につき、同年六月三日付でこれが不許可の決定をしたこと、金安猛が朝鮮に本籍を有するものであること、同人が昭和二七年法律第一二六号第二条第六項該当者であること、同人が昭和四二年一一月三〇日名古屋地方裁判所において強姦罪等により懲役二年四月に処せられ、同年一二月六日右判決が確定したため福井刑務所に収容されて服役したこと、名古屋入国管理事務所主任審査官は昭和四三年九月二四日金安猛に対し、同人が前記懲役刑に処せられたことにより出入国管理令第二四条第四号(リ)該当者として退去強制令書を発付したこと、同人は昭和四四年三月一四日福井刑務所を仮釈放により出所したが、即日右退去強制令書の執行に伴う処分として出入国管理令第五二条第五項に基き、名古屋入国管理事務所に収容され、引き続き同月一八日大村入国者収容所に収容されたこと、そしてその収容期間が一年九ケ月に及んでいること、同人が北朝鮮への送還を希望していること、然しながら同国への自費出国の請求はしていないこと、日本と大韓民国との間に原告主張のような「日韓法的地位協定」が存し、そのような内容の条項が存することは、いずれも当事者間に争いがない。

(当裁判所の判断)

一、そこで、まず本件不許可処分が被告の自由裁量行為に属するかどうかの点につき考えるに、出入国管理令第五章に定める退去強制手続は、同令第五二条第五項に規定するように被退去強制者を直ちに本邦外に送還することができないときは入国者収容所等に身柄を収容して行うのを原則とするが、同令第五四条により同条第一項に記載された者の請求があつた場合、同条第二項により入国者収容所長又は主任審査官は、被退去強制者の情状及び仮放免の請求の理由となる証拠並びにその者の性格・資産等を考慮して仮放免することができることになつており、その許否の判断は入国者収容所長または主任審査官が右のような諸事情を考慮したうえでの自由裁量に属することは同条からも明らかである。従つて本件不許可処分についても、その決定が著しく裁量権の範囲を逸脱しまた濫用にわたる場合でない限り違法ということはできないこととなる。

二、原告は、金安猛の本国北朝鮮と日本とは未だ国交がなく、且北朝鮮は此種強制送還を拒否していてその国交樹立の見通しもなく、又金安猛は北朝鮮へ自費出国の申請もしないので、かような事情のもとでは金安猛をその希望する北朝鮮に強制送還することはできないのであるから、被告は出入国管理令第五二条第六項の「退去強制を受ける者を送還することができないことが明らかになつたとき」に当るとして、このことも本件仮放免するに際し考慮すべきだと主張するので、この点について考えると、原告が主張する如く日本と北朝鮮との間には未だ国交が開かれておらず、従つて退去強制令書の執行として金安猛を直接同人の希望する北朝鮮へ強制送還することはできないけれども主任審査官の許可を受けて退去強制を受ける者の自らの費用負担により日本を退去するいわゆる自費出国の方法も退去強制令書の執行の一つとして存することは出入国管理令第五二条第四項の規定によつて明らかである。〈証拠省略〉を合せ考えれば、現在まで自費出国の方法によつて北朝鮮に出国した例が相当数あること、北朝鮮への自費出国者が最も多く利用している貨客船松濤丸の費用は約金二万円であることを認めることができる。右認定に反する〈証拠省略〉は前掲証拠に比照し措信し得ない。他に前記認定を左右するに足る証拠はない。また金安猛の自費出国の費用負担能力の有無については、〈証拠省略〉を合せ考えれば、金安猛を養育して来ている義父姜水岩は預金一六五万余円の外に不動産を有して土木業に従事し、朝鮮総連山口県字部支部副委員長の役にあつて信用も人望もあること、金安猛が出国の費用を負担できないとしてもその程度の費用は義父姜水岩において容易に援助できる情況にあることを認めることができる。右認定に反する証拠はない。そうだとすると金安猛に自費出国の費用負担能力もあるというべきである。そのように考えると、いわゆる自費出国によつて金安猛の希望する北朝鮮に送還される方法もあるというべきである。さて、出入国管理令第五二条第六項に規定する「退去強制を受ける者を送還することができないことが明らかになつたとき」とは、その送還が客観的事情により送還不可能になつた場合をいうと解釈すべきところ、金安猛が自費出国の申請をせず、そのために同人が北朝鮮に送還できないことになるとすればこれは全く金安猛のいわゆる主観的事情によるものであつて右条項には当らないというべきである。従つて原告のこの点の主張は採用し得ない。

三、原告は収容が一年九月に及んで、いるのでこのことも本件仮放免申請には考慮さるべきであると主張するので考えるに、〈証拠省略〉を合せ考えると、金安猛は、昭和四四年四月名古屋地方裁判所に退去強制令書発付処分取消請求事件を提起するとともに、行政処分執行停止を申立てたところ、同年五月に同執行停止の申立は却下せられ、昭和四五年七月に本訴は敗訴し、現在名古屋高等裁判所に控訴中であることを認めることができる。右認定に反する証拠はない。被告は更に右事実に出入国管理令第五四条第二項により当然考慮すべき金安猛の情状・性格等を合せ検討し、その裁量権の範囲内で本件仮放免申請を不許可としたのであつて、その処分は相当と認められる。かかる場合その収容期間がある程度長期に及ぶことがあつても本制度の趣旨からやむをえないものというべきである。従つて原告のこの点の主張も採用し得ない。

四、原告は、金安猛は昭和二七年法律第一二六号第二条第六項(以下「同条項」と略称する)該当者であるから将来日本と北朝鮮との間に日韓法的地位協定に相当する協定が締結されるまでなお日本に在留する資格があると主張するのでこの点について考えると金安猛が同条項該当者であることは当事者間に争いがないが、当裁判所は、同条項はその立言自体から出入国管理令第二二条の二第一項の適用を除外する趣旨のものであつて、同令第二四条等の適用をも排除したものではないと解釈するから、原告の「同条項該当者は前示協定が締結されるまでは日本に在留できるとする」旨の主張は到底採用し得ない。

五、原告は退去強制事由の中にその罪種・刑期において北朝鮮の国民と大韓民国国民との間に公平を失する規定があるからこの点も本件仮放免の許否に考慮すべき旨主張する。当裁判所もその意のあるところは了とするけれども、これをどの程度考慮するかはもつぱら被告の自由裁量の範囲に属することであつて、被告が本件仮放免の申請を許可しなかつたからといつて著しくその裁量権の範囲を逸脱したものとは認められず、この点の原告の主張も採用し得ない。

六、原告の本件仮放免申請の原理由の有無について案ずるに、〈証拠省略〉を合せ検討した結果、就中金安猛の情状・性格等に照して、被告が前記原告の本件仮放免申請の原理由を認めず本件仮放免を不許可としたのは、被告は法律に従いその裁量権の範囲内において適法に決定したものというべきであつて、この点についても被告の処分に適法性は認められない。

(結語)

以上のとおり、被告のなした本件仮放免不許可処分はいずれの点からも違法とは認められず、よつて、原告の本訴請求は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 梅津長谷雄 中橋正夫 大石一宣)

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